連載『学校へ戻りたい』 (2)

その場の空気はピリピリしていた。今年四月、阪神間のある小学校 に大阪大学医学部付属病院(大阪府吹田市)の院内学級の教諭が初 めて出向いた。校長室のソファに並ぶ校長や教頭、担任らの前に、 退院してここへ「戻る」はずの六年生広彦君(11)の母・知恵さん (39)も座った。院内学級の教諭が足を運んで話し合うのは異例だ が、親だけではどうしようもなかった。

「戻るのには勇気が要ります。学校として何ができるんでしょう か?」と院内学級の教諭。校長は「そちらから言ってくれないと、 分からない」と戸惑う。

退院を前に広彦君は「修学旅行が楽しみ」と何度も話した。三月、 知恵さんが担任に電話をかけた。「そろそろ退院するんです が・・・・・」と遠慮気味に切り出した。

すると、「本人は(登校を)望んでいるんでしょうか?」。思いも かけない言葉だった。それが院内学級の教諭による“説得”につな がった。

戸惑う先生ら 消えない不安

広彦君に頭の腫瘍が見つかったのは、四年生だった一昨年五月。院 内学級に入ったが、便りも届かず、学校の様子は何も分からない。 学年の終わりの昨年三月、やって来た担任は「学年が変わったら次 の先生を連れて来るね」と言ったが、それきりだった。

院内学級では人一倍明るい広彦君が時折、「クラスのみんなどうな ったんかな?」ともらすようになった。察した教諭が「手紙を書い てみよう」と誘い、小学校に送った。

すぐに返事がまとめて届いたが、多くの子が同じ行事のことを書い ていた。「手紙をもらったのはうれしかったんです が・・・・・」。読み終えた広彦君が少し寂しそうで、知恵さんも 複雑な思いだった。

症状が落ち着き、一度、五年生の二学期から小学校へ復帰すること になった。知恵さん親子、主治医のほか、小学校の担任らが話し合 った。

薬の副作用で頭髪が抜けたりする。知恵さんは「容姿のことでいじ めを受けるかもしれないので気をつけてほしい」とお願いした。担 任は「何が起きるか分かりませんので」と自信なさそうだった。

二学期が始まってまもなく、広彦君が学校から帰るなり「上級生が 指をさして笑う。もう行くのは嫌や」。知恵さんは「そんな子ばか りじゃないよ」と諭した。同級生の励ましのプリントが届けられた り、担任からは「だれか(友達を)行かせましょうか」との申し出 があったが、受け入れることができなかった。

きずな信じて懸命の説得

病状は再び悪化。三か月間の入院・闘病を経て二度目の退院を控え て、知恵さんは院内学級の教諭と小学校の校長室に来たのだった。

知恵さんにすれば、「『学校も見守っていきますから』という言葉 を待っていたのに・・・・・」。説得はうまくいかなかったが、五 月になって病院を訪れた担任に思いの丈をぶつけた。「一緒に頑張 っていきましょう」。その言葉に希望が見えた気がした。

一日数時間の授業。治療のため、月の半分行けるかどうかだが、最 近、「今日、休み時間にトランプしてん」などと学校の出来事を口 にするようになった。六月、念願の修学旅行にも行けた。不安はぬ ぐえない。だが、知恵さんは子ども同士のつながりを今は信じてい る。(文中仮名)


読売新聞 2004年6月26日付
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