脳腫瘍薬開発の現況と患者会への期待

小児脳腫瘍の会 第12回講演会 (2006年4月22日開催)

東京大学医療政策人材養成講座二期生 白川光政

1. はじめに

もう25年ほど前のことになるが、自分の子供が脳腫瘍であることが分かり、懸命に調べまわった。当時は小児脳腫瘍の会のような支援組織もなく、救命できなかった。

私自身は製薬企業で様々な新薬の開発業務に従事してきたが、その後脳腫瘍を開発していたベンチャ−企業に移り、脳腫瘍薬の多くの成績を調べた。

現在は東京大学医療政策人材養成講座(詳細はwww.hsp.u-tokyo.ac.jpを参照)において、医療政策者、医療提供者、医療ジャーナリストの方とともに、患者の視点に立って医療を動かす活動を行っている。

2. 製薬企業の内部

製薬企業の内部にいたものとして、日本の製薬企業が現在どのような状況にあるかを概括する。数年前に厚生労働省が製薬産業ビジョンというものを発表したが、主に4つの方向に向けて再編成されつつある。

<表1>

欧米では合併、吸収などにより、巨大製薬企業しか生き残れなくなってしまったが、日本の企業もグロ−バリズムの中に取り込まれてしまった。日本でも従来のような家族的年功序列的な働き方は崩れてしまったが、大きな組織の中で個人の意見を外部に表明することを由としない風潮は強く残っている。リストラも日常的になり、企業の内部で働く人の意見を公開の場で求めても、それぞれの人が本音で語ることはあまり期待できない。ただし、企業内においても、いい薬を創る、という本来の使命と、企業である以上、高い利益を上げる、ということの葛藤が常にある。

<表2>

3. 抗がん剤の状況

現在脳腫瘍の適応を正規に承認されている抗がん剤は、ビンクリスチン、ブレオマイシン、プロカルバジン、ニムスチン、シスプラチン、インターフェロンベータ、エトポシド、ラニムスチンの8種類である。1987年のラニムスチン以降、新たな脳腫瘍薬は20年近く登場していない。

これらの薬の試験成績を調べると、インターフェロンベータについては研究会を組織し、脳腫瘍にどのような使い方をすべきかが検討されているが、他の薬においては、多くのがん種に対する抗がん剤の試験成績の中で、脳腫瘍にも効果が見られた程度の検討で終わっている。

実際にはがんの治療現場では、様々な抗がん剤を組み合わせることにより治療の向上に努めてきた。そこで厚生労働省は、抗がん剤併用療法に関する検討委員会を作って、がん治療のエキスパートに海外および国内のあらゆる試験成績を評価させた。その結果抗がん剤の承認適応が追加され、保険適応を正規に認めた。脳腫瘍関係では2005年に承認適応が追加された(この中には埼玉医大松谷先生の研究グループによる成績も評価されている)。

<表3>

脳腫瘍に用いられる抗がん剤の中から、2種類についてその特徴を述べる。

ニトロソウレア製剤は、窒素(ニトロ)と尿素(ウレア)を持つ構造で、脂溶性で血液脳関門を通過することから、脳腫瘍に第一選択される。日本ではニムスチン(ACNU)、ラニムチン(MCNU)が用いられているが、欧米では類似の化学構造をしたBCNU、CCNUが使われている。悪性黒色腫に対するダカルバジン、および経口投与で吸収される脳腫瘍薬テモゾロミドはニトロソウレアのひとつである。

<表4>

プラチナ製剤は白金2分子を含む化合物で、制がん作用は強いが、毒性も強いことが当初から知られていた。シスプラチンの強い腎障害、嘔吐などの副作用は、投与前からの輸液、そして利尿剤、制吐剤の投与によって、治療を可能にした。また、副作用を軽減したプラチナ製剤として、カルボプラチン(嘔吐作用を軽減)、オキサリプラチン(大腸がんの標準薬)などが登場した。

<表5>

企業による脳腫瘍薬開発もわずかだが進められている。経口投与可能なテモゾロミドが欧米ではすでに使われているが、2006年秋には、日本でも承認され、保険で使用できるようになる。欧米で行われているイムノトキシン療法(脳腫瘍のみにターゲットした細菌毒素を、頭蓋にあけた少孔より脳腫瘍局所に直接投与する)の治験を日本でも始める準備が進められている(そーせいおよび日本化薬)。またがんワクチンの治験(久留米大学/グリーンペプタイド)が厚生労働省より認められて開始された。

<表6>

テモゾロミドを発売するのは、シェーリングプラウ(親会社は米国で、第二次世界大戦時に敵国ドイツのシェーリング社より分離した)であって、日本シェーリングとは違う会社である。シェーリングプラウ(www.schering-plough.co.jp)は、肝炎に対するインターフェロン製剤を販売している。

日本シェーリング(親会社はドイツ)は、バイエル社に合併されることが決まった。

<表7>

米国での脳腫瘍薬治験の状況を見学する機会があったが、独立した臨床研究棟で、治験患者は個室で管理されていた。米国では国による健康保険制度がないため、新しい治療を大学病院などで受けるには、企業の治験に参加せざるを得ないような状況がある。

FDAのホームページには、多くの脳腫瘍薬治験への参加選択肢がみられる。

<表8>

4. ホルモン剤の状況

成長ホルモン抑制剤(ブロモクリプチン、カベルゴリン、サンドスタチンなど)の登場により、下垂体腫瘍は脳外科手術をしないでも治療が可能になった。

<表9>

医薬品開発の製剤技術からみると、デスモプレシン点鼻剤は良い成功例と言えよう。タンパク質のホルモンは胃で分解されるため、経口投与しても効果が出ない。同様のタンパク質ホルモンである、インスリン、カルシトニンなどの点鼻剤はまだ成功していない。

<表10>

製薬企業としては、薬剤の承認を得る際に、その保存法、安定性のデータを厚生労働省に示して、その許可を得る。デスモプレシン点鼻剤は、冷所保存がその条件となっているため、企業からは室温で保存してよいとはいえない。

また、安定性データは、後発品メーカーの開発に利用されることもあって、公表されないことが多い。

5. 薬事制度と臨床試験

未承認薬を求める患者は少なくないが、その場合には費用も事故もすべて使った患者の責任となる。厚生労働省は未承認薬検討会をつくり、そこで承認された未承認薬については、治験扱いで無償提供する方式を定めた。米、英、独、仏で承認されていること、また、学会や患者会からの要望書が出されていることなどが条件である。

<表11>

いわゆる臨床試験には4種類ある。

<表12>

治験以外については、厚生労働省はデータのチエックや実施の可否について関与していない。

医師による自主臨床研究については、大学病院情報ネットワーク(www.umin.ac.jp)や日本医薬情報センターのホームページ(www.japic.or.jp)に公開されている。脳腫瘍を対象とした医師の自主臨床研究としては、国立がんセンター、東京女子医大/セルメディシン、山形大学などの臨床試験が実施されており、患者の希望と、試験対象としての条件が合えば参加できる。

<表13>

6. 医薬情報の探し方

厚生労働省ホームページ(www.mhlw.go.jp)で、国の各種審議会・研究会などの議事録を読むことができるし、事前に申し込めば誰でも傍聴でき、委員の発言を聞ける。

<表14>

医薬品医療機器統合機構(www.pmda.go.jp)の情報提供ホームページで、新薬の申請資料(テモゾロミドの資料も近い将来ここに掲載される)、副作用情報などを取り出すことができる。添付文書情報に薬の一般名または販売名を入れれば、すべての医科向け文書を印刷できる。

<表15>

幾つかの企業を除けば、ほとんどの製薬企業のホームページで、「あなたは医療関係者ですか」→「はい」としてクリックすれば、医療関係者向けの専門情報が閲覧できる。その中で、インタビューフォーム(薬剤部への説明資料)において、扱っている薬の詳細な説明が示されている。

<表16>

FDAホームページ(www.fda.gov、Drug@FDA)で、米国における様々な規制および審査の詳細を調べることができる。

<表17>

病気や治療法について、適切に説明した本を探すには、横浜在住または在勤であれば、横浜市立中央図書館(桜木町、日の出町)および横浜市立大学医学部図書館(市大病院前)に豊富な資料があるので、登録して、医学図書、雑誌を利用できる。

<表18>

7. 医療制度、健康保険制度

医療制度は国によって異なり、それぞれ長所、短所がある。

<表19>

日本は国による社会保険として運営しており、経済成長を支えとして1961年に国民皆保険を確立するとともに、保険給付内容を大きく改善してきた。ところが長引く経済停滞と少子高齢化、そして赤字国債の累積の中で、財政上医療関係の予算を削減せねばならなくなった。

<表20>

最近の医療制度改革では、患者の声を聞く、ということが様々な立場から主張されるようになった。政界、経済界、医療業界、その他様々な思惑も絡んではいるが、この機会を逃してはならない。

<表21>

8.脳腫瘍の会に期待されるもの

様々ながんの患者会が結集してがん患者大集会を開催して、声をひとつに集めた。そして今国会でがん対策基本法を成立させ、厚生労働省がん対策室とも定期的な協議の場を持っている。がん情報や相談支援を国と都道府県が提供していくことが義務付けられたが、患者および家族もこれに参画し、自らが望む内容にしていかなければならない 。

注意すべき点は、がん情報に時々脳腫瘍が入っていないことがあり、がん対策から脳腫瘍が忘れられる恐れがある。

<表22>

良性、悪性の明確な区別はない。長く生きれば遺伝子の傷が集積し、免疫監視が低下して発がんする。脳腫瘍の場合には組織よりも部位の悪性が問題で、良性腫瘍であっても、臨床上はがんと同様の対応が必要である。

<表23>

イレッサ(肺がん)、ハーセプチン(乳がん)、グリベック(白血病)など画期的な新薬が登場したが、脳腫瘍の新薬が20年近くなかった大きな理由は、患者数が少なく、企業における優先付けが低いためである。患者や家族からの声が伝わってこない。

<表24>

脳神経外科の助教授が脳腫瘍になった記録(岩田隆信「医者が末期がん患者になってわかったこと」中経出版)を読むと、医学の教科書に書かれていない、いろいろな症状や苦しみがある。

<表25>

医師は患者の苦痛を頭では理解しているが、実体験しているわけではない。

患者または寄り添う家族が先生となって、医師(生徒)に講義する「でんぐり返しプロジェクト」を進めていく必要がある。

こうした実際の苦しみを伝え、求める治療を広く訴えることによって、新しい脳腫瘍の治療が促進される。

<表26>


この資料は、小児脳腫瘍の会・第十二回講演会での講演記録を掲載しています。会のメンバが録音から起こした原稿を、白川さんに校閲していただきました。