ディスカバリー号に想いをのせて

スペースシャトル「ディスカバリー号STS-114」が、7月26日午後11時39分(米国時間:7月26日午前10時39分)フロリダ州NASAケネディ宇宙センターから、メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパンの難病と闘う子ども達の絵を乗せて宇宙へ飛び立ちました。

難病の子ども達の夢を叶えるボランティア団体「メイク・ア・ウイッシュ・オブジャパン(MAWJ)」は飛行士の野口さんがスペースシャトルに搭乗する際、MAWJの記念品を搭載して下さるというNASAからの申し出を受け、2004年夏、子ども達から絵画を募集しました。

寄せられた絵の中から選ばれた101点の絵を取り込み、バナーを制作。それはスペースシャトルに搭載され、野口飛行士と共に宇宙へ飛び立ちました。

その選ばれた101人の子ども達の中に「小児脳腫瘍の会」の会員の息子さん、とっくん(当時6歳)の絵もありました。絵は大好きだった「ニモ」を描いたもの。

とっくんは4歳のときに脳腫瘍を発症。約2年間の闘病の末、昨年11月11日、お母さんの腕の中で静かに息を引き取りました。

亡くなる半年ほど前、MAWJに申し込み、看護師さん同行のもと、家族で沖縄を旅行した際に、沖縄の水族館で「ニモ」(カクレクマノミ)を見ることが出来て喜んでいた、とっくん。 ベッドで、大好きな機関車トーマスのビデオを見て、ニコッと笑う笑顔がかわいかった、とっくん。

「とっくんは、いっぱいいっぱい頑張ったから、お空にいるお友達(病棟で亡くなったお友達たち)が・・・とっくん、もういいよ。って迎えにきたのかもね。」とっくんは、もう痛いのもないし、ヤなこともない、自由になれたんだ。と・・・2年間の辛い闘病生活だったとお母さんは振り返ります。

この101人の絵をパネルにしたものが届いたのは、とっくんが亡くなった2日後。「あと2日早ければ、とっくんに見せてあげられたのに・・・」

スペースシャトルの打ち上げの様子を見守っていたお母さんは「涙が止まりませんでした」その後、スペースシャトルが高く上って、小さく点になっていくときに「あぁ、とっくんは本当にお空の星になったんだな・・・って、そう感じました。」と・・・

今日は、とっくんの一周忌になります。お母さんが想いを語ってくれました。

我が子が重篤な病気になったことで辛く、悲しい思いをしてきました。「何故、うちの子が・・・なんで・・・?」そんな思いばかりが頭の中を駆け巡りました。

とっくんがお空へ逝ってしまった今、とっくんが残してくれたもの。それは「出会い」。我が子の病気がきっかけで、たくさんの方々と知り合うことが出来ました。そして病気と闘う子ども達が引き合わせてくれた・・・お母さん方とそのご家族。病気がなかったら、お互い出会うことも、こういう現実があることも知らなかったと思います。 きっかけは複雑だけれど、これからは、この出会いを大切にしていきたいと思います。

「とっくんもがんばるからママもがんばって!」と言ってくれた言葉を胸に、心を改めて、この11月を気持ちの節目として、前向きに(自分の中の自然な気持ちと向き合い)そして、毎日、我が子を想いながら笑顔で過ごしていきたいと思っています。とっくんは、スペースシャトル(ディスカバリー号)に乗ってキラキラ輝く本当のお星様になったんだから・・・。