人工呼吸器の「決断」 - 会員 松岡扶美子さんの記事

チューブにつながれた娘 かなわなかった自宅での最期

北海道の道立羽幌病院で、医師が人工呼吸器を外し患者が亡くなった問題について、医師からの見方を取り上げたところ(21日付)多くのメールやファクスをいただきました。投書を読むと、家族にとっては、呼吸器を外すか外さないかの前に、つけるかどうかの判断が大切であることに気付きます。一度つけたらなかなか外せない呼吸器装着はだれがどう決断するのか。本人の意思は反映されるのか。体験を寄せていただいた読者を訪ねました。

つける判断 本人に問えず

松岡さん自宅写真

娘が愛用していたピアノには大好きなぬいぐるみや思い出の写真が並べられている=横浜市戸塚区の自宅で

「外せなくなる」との説明、家族になく

トウモロコシにかぶりつく幼い姉妹、高校の制服姿でおどけたポーズ、車いすでのディズニーランド……。横浜市の松岡扶美子さん(47)の自宅居間には、今年2月末に19歳で逝った長女の写真が並ぶ。

だが、そこにどうしても飾れない1枚がある。亡くなる1ヶ月半前、人工呼吸器をつけたまま、病室で洗礼を受けたときの写真だ。

「やっぱりこの姿だけは見るのがつらい」

16歳で悪性の脳腫瘍と診断された娘は、市内の病院で手術と化学療法を繰り返してきた。昨年11月の8回目の手術を受けたが数日後に意識がなくなった。

それから4日目の夕方だ。病室を訪れた担当医が「意識回復のため」と手動で酸素を送り始めた。すると、娘の全身がけいれんを始めた。呼吸もストップ。「人工呼吸器つけますけど、いいですね」。選択の余地などなかった。

事前に家族は「呼吸に苦しむ最期は見ていられない。人工呼吸器はつけよう」と話し合ってはいた。だが、状態が良くなれば、簡単にはずせると思っていた。一度つけたら外すことは難しい、との説明はなかったからだ。

「普通の生活がしたい」が口癖だった娘。最後の時は生まれ育った家で過ごさせたかった。そんな家族の願いも、医師から「呼吸管理ができない」といわれ、かなわなかった。

管を固定するテープが口に張られた。シューシューと繰り返す音だけが響く深夜の病室で、扶美子さんは「なぜここでみとらないといけないの」という悲しさ、悔しさに襲われた。

チューブにつながれて3ヶ月弱。娘は病院のベッドの上で亡くなった。

「呼吸器を外すことは大きな問題。でも、本当はつけるときの判断が大きかったんですね」

それを知らなかったことが今、悔やまれる。


朝日新聞 2004年5月30日付
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