(財)がんの子供を守る会における心理社会的支援の現状

小児脳腫瘍の会 第10回講演会 (2005年4月3日開催)

財団法人がんの子供を守る会 ソーシャルワーカー 樋口明子

財団法人がんの子供を守る会の事業

財団法人がんの子供を守る会は1968年に小児がんで子どもを亡くした親たちによって設立されました。現在、「不治の病」だった小児がんも「治すことができる病気」になったと言われるようになってきました。しかし、小児がんの患者とその家族が直面している困難や悩みを少しでも軽減すべく、患者とその家族が中心となり、医療関係者をはじめとする多くの方々の支援をもとに活動をしています。

東京にあります本部と、小児脳腫瘍の会と同じように会員であり小児がんの子どもを持つ親が代表幹事を務める18の支部でも様々な活動をしています。ソーシャルワーカーが常駐して相談業務をしているのは東京の本部と非常勤ではありますが北海道支部の二箇所のみになります。

当会は会員の皆様の会費と支援者からのご寄付で運営を行なっております。会員以外の方からの相談も受けております。会員の内訳は7割が患者家族の方で、3割は支援を頂いている医療関係の方で構成されています。疾患別の割合は発症率の割合とほぼ変わらず、白血病が一番多く次いで脳腫瘍が1割となっています。

当会の活動は、医療者の為に、一般の方、難病の子どもの患者家族の方、小児がんの子どもの患者家族の方という4本の柱があります。

医療者へは脳腫瘍は勿論ですが小児がんが治る病気になって欲しいという思いから治療研究に対する助成事業や、当会のアフラックペアレンツハウスのセミナールームを会議等のための場所の提供や、小児がんの患者を受け持つ看護師・教育関係者・ソーシャルワーカー等の研究会や研修会を開催し、より一層の理解と深い関わりをして頂きたく活動しています。

一般の方には病気に対しての正しい理解と、支援の手を頂くために広くボランティアを募集し、研修会をも行っています。

小児がんの患者家族の方へは情報の提供として、本日持参しました「小児がん患児とその家族の支援に関するガイドライン」と「がんの子どもの教育支援に関するガイドライン」は、主に発病から皆様と医療関係者も含めて小児がん医療に関わる全ての方が同じページをめくりながら話し合いなどの際に使って貰えればと思いガイドラインのシリーズを作っています。また今日は持ってきてはいないのですが、「こどものがん」の小冊子には薬の内容も含めて療養についての手引きが書かれています。そして「がんとたたかう子とともに」や疾患別のリーフレットなども発行しており、広く皆様にご活用いただけるように様々な冊子を発行しております。また、当会の機関誌「のぞみ」は、本日石本先生にお話していただいた内容が昨年度の総会でご講演いただいておりその記録が載っています。部数が少ないので皆様のお手元にない方もいるかもしれませんが希望の方は後日郵送いたします。機関誌は会員の方に最新の情報を提供するべく年に4回発行しておりますが、先にご紹介させて頂いた冊子類については皆様に「こどものがん」のみ実費500円を頂いておりますが、皆さんにご活用頂きたく無料で差し上げております。

小児がんの患者家族の 方以外にも難病の患者家族にもご利用を頂いておりますが、宿泊施設の提供も行なっております。主には遠隔地から治療へいらしている家族、たとえ遠隔地ではなくとも病院のそばに居なければならない方、外泊などの際にもご利用頂けるようにと宿泊施設を3つ運営しています。これらのうちアフラックペアレンツハウス亀戸とアフラックペアレンツハウス浅草橋は単なる宿泊施設の提供のみならず、今申し上げてまいりましたような全ての支援、医療関係者や小児がんを含む難病の患者家族への情報提供や相談機能など総合的に支援できる総合支援センターとして運営を行なっております。 

また楽しい遊びや子ども達に笑顔をと日本全国の病院にサンタクロースやアンパンマンやガチャピン等を子どもたちに人気のキャラクターショーや人形劇などを派遣し子どもが少しでも楽しめ病院に入院しても楽しかったと思え、且つ思い出になるような催しの提供もしています。医療スタッフの方にも喜んでいただけますし、実はこの様な事は大切な事で、付き添っている母親にも喜んでいただくことが出来ると思っています。母親が楽しんでくれる事も私達の活動として大切な事だと思っています。またモデル事業としてではありますが、定期的に遊びと学習のボランティアを週1回派遣しています。

その他にも、個別相談事業、お子様を亡くされた親御さんのための交流会や院内親の会への支援や疾患別の会(脳腫瘍、悪性リンパ腫、横紋筋肉腫、骨肉腫)の開催、全国の小児がん経験者の会(フェロートゥモローなど)への支援も行っています。

今現在、常勤の本部のソーシャルワーカー4名と北海道の非常勤のソーシャルワーカー1名の計5名で個別相談に応じております。昨年度は4名で1万3千件余りのご相談がありました。Eメールでのご相談が最も多くあるのですが、ご家族のお話を伺わせて頂くにはメールだけでは十分にわからない事も多く、できるだけ電話をいただき、お話をさせて頂くようにしています。

相談される方の病気の内訳は発症率と変わらないのですが若干脳腫瘍の方が増えてきています。主に母親からの相談が多いのですが、最近では父親や本人からの相談も増えています。相談される方の状況として現在治療中の方・治療後の方・お子様を亡くされた方等で、内容については大きく医療相談・生活相談・その他などがあります。

医療相談としては、どの先生にセカンドオピニオンをお伺いすればよいか、晩期障害等についてが主で、当会の顧問医の先生や全国の専門医の先生方に私どもからご相談をしております。生活相談は病気に対しての知識を得たい、資料の請求など情報提供が最も多く、そして皆様にもご経験がある事と思いますが、お子様が病気になった事でそこはかとない不安だとか、なんだかわからない恐れを感じる事と思います。そういった心理社会的なご相談も多くございます。また、小児がん経験者の会についての照会の件数も増えています。

今、全国に小児がんのお子様や経験者が参加する色々な形のキャンプが増えてきております。キャンプについての質問や紹介の相談も増えてきています。先程のその他には、これらのものが含まれています。

特に相談業務全体の割合の中で、脳腫瘍の患者家族の相談が少し高率だと思われるのが以下に上げたものです。

脳腫瘍の患児家族のご相談

脳腫瘍という病気は何種類もの疾患があり、脳の中にある腫瘍だから脳腫瘍とひとくくりにしている事自体が乱暴なことで、ここにお集まりの皆様もおそらく隣にいる方と病名が違うという事はよくあることです。したがって治療方法を調べたいと思っても難しいのです。セカンドオピニオンを希望してもどの先生に伺ってよいかわかりませんし、又セカンドオピニオンを受けたいと思われることもすごく多いように思われます。学校の問題も多く教育の問題・社会心理的な問題・お子さんが成長して成人後の自立の問題・家族の問題の相談も増えています。当会に寄せられる相談は以下の6つになります。

お子さんの病気が診断された時・入院中の生活・退院後の生活・病気になった子ども自身の抱える問題・病気が深刻になった時、患児家族の身近な方からの相談です。

子どもの病気が診断された時何が起こったかわからない状態で病名の説明も半分しか理解できず、これからどの様な事が起こるのか・主治医を信頼してよいものか・子どもや家族への説明・周囲や説明学校への説明等が何もかもわからない状態です。そのような時に電話を頂ければ、入院されている病院内のソーシャルワーカーに相談してくださいと申し上げる事もありますし、手に入れた社会支援の活用方法もお話することがあります。

脳腫瘍の患児家族の心理社会的状況

それでは先程、石本先生が例にあげた女の子についてお話させていただきます。

この資料は私が小児脳腫瘍の家族の実態をテーマに論文を書く事になり調査依頼をお願いした方です。今日この場で話をさせていただく事をご家族の方に許可を得ております。

この女の子は下垂体腫瘍でした。病気になる前は活発で明るい女の子で友達も沢山いて人気者でした。兄は野球少年で、一家で楽しく過ごしていた小学校5年生の時に女の子の病気がわかりました。

入院し治療が始まると母親は娘の看護の為、病院の先生や看護師さんとの関わりが増えてきます。父親と兄は家で留守番をしているので、誰かの支援が必要となってきます。しかし両親の祖父母の家は遠く離れた所に住んでいたので支援は受けられませんでした。そこで父親は一ヶ月間休職することにしましたが休みを取るのは一ヶ月が限界です。しかし女の子の治療は一ヶ月で済むものではないので、その後の生活は大変なものとなってきます。近所の友人や親戚が協力して父親や兄にお弁当を作ってくれ母親には励ましの言葉をかけてくれました。

しかしその一方で母親は、人に会うのもいやになり病気の事を聞かれるのもいやという精神状態になってきたのです。兄は野球の部活に打ち込みながらも、どこかでずっと我慢をしている状態でした。治療が進むにつれ女の子はひどい副作用に悩まされました。

当時は一般の大学病院の脳外科病棟に入院した為、同室の人は大人ばかりで皆女の子の事をかわいがってくれました。本人は入院当時を振り返るとすごく楽しかったと言っていますが、実際は子どもらしい生活や子ども同士の友達ができないのです。

学校や友達は何もしてくれず担任の先生は入院中一回しか面会に来ませんでした。そして長期に渡る入院生活の中で父親と兄の日常生活と、病院にいる母親と女の子の生活はかけ離れたものになってきます。

入院中のお子さんに対して病気だからといって甘やかしすぎているのではないか、大変な病気なのだから好きなことをさせてもっと甘やかさなければいけないのではというジレンマや家に残したきょうだいへの対応や主治医とうまく話ができず治療に関する不安や疑問を持ち続けた結果、民間療法に走ってしまうかもしれないということもあるでしょう。

入院中は勉強などしなくてもよいと思われる方もいるかもしれませんが、勉強が大切な訳ではなく友達の中で学校へ行く事や皆と同じ事をするのは子どもにとって、とても大切なことで保育や教育はとても大事なことなのです。母親が本当に疲れている時、自分が疲れたと言うことで、子どもが頑張ってつらい治療を受けているのに自分がへこたれて弱ってしまってよいのかと罪悪感を感じてしまうことも多いようです。

しかしそのような時は休んでいいのですと背中を押してくれる方の存在も必要と思います。又同じ病気の親同士が会うことのできる機会も少ないのが現状ですので、小児脳腫瘍の会の様な親達が話し合える会の存在も必要です。

さてまた先程の家族の話に戻りますが、女の子が退院してから脳外科・小児科・眼科・耳鼻科婦人科と多科にかかり当然看護師も変わります。このように多科に係りそれをまとめるのは母親です。子どもは小さいので自分の状態を表現するのは難しいのです。

母親が女の子の様子がおかしい事がよくわかり、決して仮病ではない事もわかっています。しかし不定愁訴が多い為に一生懸命言えば言う程、各科の先生達には仮病に扱われ一番信じて欲しい医者に理解してもらえませんでした。母親は何を信じて良いのかわからなくなり悔しく、各科の先生達は脳腫瘍を理解してくれると思い込んでいただけで、本当に脳腫瘍の子どもの事を理解はしてくれずこの時が一番辛かったと話していました。

入院中は病院内の皆が理解をして守ってくれ支援してくれました。病気の状況としてはとても大変でしたが、退院して病気の方は大丈夫と言われたのにも関わらず、退院後生活の方が辛かったと語られています。

そのような時に母親と当会が出会い、入院中には出会う事のできなかった同じ病気の同じ状況の親同士が会い、この様な辛い思いをしているのは自分一人ではない事やましてや自分よりも大変な思いをしている人がいたのだと解りとても心強かったと話しています。

女の子が復学して、毎日通学するようになると友達からのいじめがありました。治療で頭に放射線をかけ、髪の毛が生えてないなどの容姿の変貌がありました。しかも病気をする前は明るくスポーツ万能で活発な子でしたが、入院中は全く友達に会うことができなかったこともあり、輪の中に入れず大変だったのです。

退院後の生活は普通の生活とは何だろうと、一方で再発の事を考え脳腫瘍ではよくある事なのですが、腫瘍を残したまま退院する事も沢山あり残存した腫瘍の心配をし、新しい治療の事を考えまた一方では近隣に容姿の変わった子供の事を色々聞かれどの様に説明したらよいのか、復学の際、病気の事で先生がわからないばかりに沢山の制約をしてくる、子どもが学校へ行きたがらない時、仮病なのか本当に具合が悪いのか親でも見極めがつかない事もあるでしょう。

でも病気と共に歩んでいかなければならないし、子どもにも仲間が必要なのかもしれないと思う時があるかと思います。

母親は当会の同じ病気の親同士で支え合いながら自分の居場所を見つける事ができました。しかし女の子は友達の中には戻れず、いじめられて自分の居場所がない事を親には言うことができなかったのです。なぜなら母親はいつも自分の事を気にかけ心配していることを十分に解っていたので誰にも言えなかったのです。いじめられていた事を言えるようになったのは20歳を過ぎてからです。女の子は病院の先生が許可を出した修学旅行や遠足も学校側から拒否されて行くことができませんでした。学校には何も楽しい思い出がないと今でも言っています。母親は女の子が高校を卒業するまで送り迎えをしていました。

高校を卒業してからは働こうと考えていましたが、いざ働いてみると毎日働く事は体力的に無理でした。職場を変わるたびに自信がなくなっていき摂食障害になり、外に出ることもできなくなり辛い生活が始まったのです。

母親は当会に一緒に行ってみないかと誘い、女の子は小児がん経験者の会に入りやっと自分の居場所を見つけたのです。自分と同年代で同じ病気を経験した人が沢山いて、何も言わないのに自分を受け入れてくれました。遊びに行ったり話をしたりしました。そして当会のソーシャルワ-カーが話を聞くことができそれがとても支えになったのです。

この様に病気が治る方もいれば、一方で病状が深刻になる方もいます。ターミナルケアーをどの様に送るのか、子どもにどのように死を説明し受け入れられるのか、親にとって子どもを失うという事はどの様なことなのか、きょうだいにはどの様に話をすればよいのか、両親の考え方の違いもでてきます。子どもが亡くなった後どの様に生活していきどの様な事が起こるのか不安もあります。看護師・学校の先生・友達などの患者家族以外の方からも、どの様に接したらよいのかと相談を受けますが、ただ側にいて気にかけてくれる存在がいるだけで嬉しいのではないでしょうかと申し上げることもあります。

患児のきょうだいは必ず寂しい思いをしています。頑張っている患児や両親を見て自分も頑張らなくてはとよい子を演じているのですが、実は自分一人を見て欲しいという気持ちを持ち続けているのです。その様なきょうだいの為、当会ではきょうだいが主役になれる場として富士登山を始めました。何かきょうだいだからといって特別なことをする訳ではありませんが、これまでは登山の他にも、コンサートで音楽を聴いたり、花火をいたしました。

体力のない脳腫瘍の子どもたちも沢山参加していますが、5合目まではバスで行き平らな道を山小屋まで歩くコースを用意し30分位歩いて帰ります。子どもたちはただ富士山に行ったという事だけで自信を持って帰って行きます。最初は参加人数も少なかったのですが現在は多くの方に参加して頂いています。

それでは先程の女の子の現在です。今は31歳になり病気をしてから20年経っています。

兄は結婚して子どもが生まれました。兄は結婚相手の話をしている時、母親に妹の病気を理解してくれる人でないと結婚する意味がないと言ったそうです。

現在、石本先生に受診しています。運が良いことに以前の主治医が移動になり、その際病院ごとかえましたので、今は中心となる小児科医は石本先生になります。

この方は多科にかかりすぎていた為に病気の事を説明できず、自分の体に何が起こっているのか説明できませんでした。何を聞かれてもどの様に説明すればよいかもわからない、この科に受診したらどの様な事を説明すればよいかもわかりませんでした。この様な状態で石本先生と出会ってから、先生は根気よく話を聞き過去のカルテを一緒に見て交通整理をしてくれました。

石本先生が必要な科の先生に前もって話をしてくれた上でこの方が受診するようになりました。今は石本先生が居なくても自身で病気の話ができるようになり、自分で色々な事を決める事ができる様になりました。それは病気が自分の物になっているという事だと思います。

ホームヘルパー2級の資格を取りましたが、受け入れ先が見つからず当会で週に1日働いています。小児がんを経験した子は甘いと言われる事もよくあります。今まで周囲の人が配慮して特別扱いされていたのが社会では通用しないという話もします。また逆にこの経験を武器にして面接に望んでくださいと話もします。面接の受け方・履歴書の書き方・就職先の探し方などの話もします。彼女は今、はれてヘルパーの資格を生かした仕事を毎日しています。

お子さんの気持ちは成長するにつれ両親の考え方とは異なってきます。最初は一心同体でしたが変わっていきます。子どもは立派に成長しバランスを取りながら生きようとしています。

そんな時仲間がいるから頑張ることができ、社会の理解を求めて自分たちで何か活動することも増えています。あえて病気を自分の物にしていくと書きましたが、お子さん自身が病気の事・治療の事・予後・障害・学校・将来の事の問題を抱えていきます。

始めは当然両親が医療者と相談しながら決めて子どもに伝えます。年齢にもよりますが、徐々にお子さんの意見を親が聞き医療者と決める。今度は子ども・両親・医療者が一緒に相談してきめる。最終的には医療者と子どもが相談しながら、子どもが主体となって決定した物を親に報告すると思います。この様な時三者間だけではなく、第三者の必要性もいわれています。

小児がん経験者の会フェロートゥモローの話ですが、患者自身が集まり定例会や親睦会の活動をしています。日本中にこの様な会が増えて、これらの会のリーダー会もあります。そして「病気の子どもの気持ち」と言う会のメンバーから取ったアンケートをまとめた冊子や、またそれぞれの体験をつづった、それぞれの物語の本「仲間と」を発行しました。

当会で行っている脳腫瘍の患者家族の支援活動ですが、病気を診断された時・入院中の治療の選択・再発した時・病状が深刻になった時・亡くなられた時・お子さんが元気になって自立していく時、様々な仮定おいて色々な事を感じて時期を迎えられる事と思います。

一生涯を通じて当会は、脳腫瘍の患者家族の方達と関わっていければと思い活動をしていますが、ソーシャルワーカーという存在を認知されていない方も多いようで、皆様のお役に立てていないのが現状です。理由として病院内のソーシャルワーカーに相談してもうまい答えが返ってこない、うまく働いてくれないワーカーが居るのも事実です。

ソーシャルワーカーはいろいろな社会支援を活用し患者家族の話を伺い一緒に考えていくという活動をしています。先程の家族を中心に描いている図ですがあのような図を描けるのもソーシャルワーカーならではのユニークな所だと思います。あのような物をご家族と作り上げ、では今何が必要なのか・医療者や学校や友達への希望・大変な時はボランティアの活用などのアドバイスも仕事だと思っております。私達でお役に立てる事があればと常に思っており上手く私達を利用することによって皆様の不満や悩みを軽減できればと思っております。

ご静聴ありがとうございました。


この資料は、小児脳腫瘍の会・第十回講演会での講演記録を掲載しています。会のメンバが録音から起こした原稿を、樋口さんに校閲していただきました。