連載『学校へ戻りたい それから』

学校へ戻りたい それから(下)

京都大学医学部附属病院(京都市)に程近いマンションの一室で七月、高知市の恵美さん(37)(仮名)は、夫や三人の子どもたちと一緒に食卓を囲んだ。ホットプレートで肉や魚貝、野菜を焼き、にぎやかな会話と笑顔が広がる。長女(2)の白血病の治療のためにやってきて三か月。「久しぶりに家族だんらんを楽しめた」と喜ぶ。

この部屋は「ファミリールーム・からんこえ」という。遠くから入院治療をしている子どもの家族が寝泊まりするためにある。脳腫瘍と六年間闘病し、今年七月十日に十五歳で亡くなった東 慧(あずま さとし)君の両親が開いた。

NPO(非営利組織)法人「ファミリーハウス」(東京)によると、このような宿泊施設は全国で約八十五か所あるが、京都では初めて。運営は、京大病院小児科病棟の子どもたちに遊びを届ける「にこにこトマト」という活動をしている神田美子さんが紹介してくれたボランティアが担っている。

何気ない優しさ届けてください

慧君の葬儀のとき、父親の毅さん(52)は参列者への最後のあいさつで、「同じように長く病気と闘い、学校へ行きたい、友達と会いたいと思っている子どもを応援してあげて下さい」と慧君の言葉で思いを届けようとした。

それでも、母親の由美子さん(45)は昼と夜が逆転し、外出もできなくなった。買い物に出ようと車に乗り込んでも、涙が次から次へとあふれ出てきた。

一か月が過ぎるころ、慧君の持ち物をまとめていると、思い出がよみがるとともに、いろんな支えがあったことを改めて感じた。

小学校の親友は亡くなる間際、慧君にずっと寄り添っていた。ほかにも、病を克服しようとしている時も、その後もずっと、いつもと変わらないペースで、家を訪れてくれる人もいる。何気ない優しさがうれしかった。

さらに、子どもをがんで亡くした母親が、自分も悲しみの中にいるのに、自身の経験をもとに作った絵本を送ってくれた。気持ちが癒やされた。彼女は「命の語り部」を広めようとしている。

難病の子や家族の支えに

「今は何ができるのか分からないけれど、慧が教えてくれるような気がする」。そんな気持ちを由美子さんが持ち始めたとき、ファミリーハウスの「絵本大使」という活動を知った。小児がんの子どもや家族が、闘病生活で感じるつらさを描いた絵本「やさしさの木の下で」を購入し、学校へ届ける取り組みだ。

「一枚ずつ趣旨を説明し、わかってもらってから贈っています。ゆっくりした歩みですけど」。担当者の説明が胸に響き、百冊を京都の小中学校に寄贈することにした。

毅さんと由美子さんが八月末、「からんこえ」支援者らに出した初めての通信は、慧君の悲報から始まった。遺品の中に「みんな幸せに」と書いた習字があったことにふれた。からんこえはベンケイソウ科の多年草。その花言葉に託し、「幸せを告げる花が咲き続けてほしい」と結んだ。

負けてたまるか
「ちょっぴり寂しかったけど大丈夫だよ」。
慧君の残した思い出とともに、
難病と闘う子どもたちへの優しさの輪が広がる

読売新聞 2004年11月4日付 (写真のみ記事掲載時のものと異なります)
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