小児の脳腫瘍について
概要
小児の悪性腫瘍のうち脳腫瘍は白血病に次いで多くみられる腫瘍です。
1年間に発生する小児脳腫瘍は,人口10万人あたり2人弱といわれています。成人の脳腫瘍と比べて,発生する腫瘍の種類や部位が異なるため症状の経過や治療方法が成人の場合とは異なります。
14歳以下の統計でみると、最も頻度の多い小児脳腫瘍は星細胞腫(アストロサイトーマ)でありおよそ20%を占めます。次に髄芽腫(12%)、胚腫(ジャーミノーマ)(9.5%),頭蓋咽頭腫(9%)、退形成性星細胞腫(5.7%)、上衣腫(4.5%)、膠芽腫(3.5%)などが続きます。これらの他にも様々な病理組織の腫瘍があり、とても書ききれないくらい種類があるのが小児脳腫瘍の大きな特徴です。いろいろな珍しい腫瘍が発生するのに加えて、それぞれの治療方法が複雑で、小児の脳腫瘍の治療方法を十分に理解している医師は日本にはとても少ないといえます。
成人では約9割の脳腫瘍が大脳に発生し,その発生部位により手や足が利かなくなったり,感覚の異常があったり,口がもつれるなどの特有な症状が現れます。しかし小児では約6割が小脳や脳幹に発生します。また大脳に生じた場合でも脳の正中部に発生することがもとで,脳や脊髄を保護する水である脳脊髄液の通過障害により水が貯まる状態(水頭症)になりやすいことが分かっています。
この水頭症によって頭の中の圧(圧頭蓋内圧)が高くなって頭痛や嘔吐などの症状を出すという特徴があります。ですから,頭痛と嘔吐やぼんやりするなどという脳の障害を思わせない症状が最初にでるのです。また子供たちは、具合が悪くても症状を訴えないことが多いです。そのために視力がすごく悪くなってから脳腫瘍が発見されたり、学校で授業が受けられないくらい集中力や知能が下がってから初めて脳の検査を受けたりします。ですから、病気が始まってから病院にかかるまで1年以上という患者さんも多いのです。
脳腫瘍をもっている子供たちには医療費の補助があります。小児慢性特定疾患という病気の中に小児脳腫瘍は入っていますので、脳腫瘍と診断されたら早速、主治医の先生にお願いして書類を書いていただきましょう。申請した時点からの医療費が免除されます。
症状
頭蓋内圧亢進症状・水頭症
小児脳腫瘍は成人の脳腫瘍に比べ,脳脊髄液が流れる通路を閉塞しやすく,しばしば水頭症(脳に水がたまる)をおこします。その結果,頭蓋内圧が高くなると,頭痛・嘔気・嘔吐がその症状として現れますが,頭の骨の縫合(骨が成長する部分)の閉鎖がはじまる乳児期後半から幼児期の初期までは,頭囲が拡大することで圧が緩和され,単にぐったりしたり、食欲が低下したり,時たま突然に嘔吐したり,また不機嫌であったりするだけのこともあります。水頭症が長く続くと目の神経(視神経)が萎縮して、治ることのない視力低下をきたすことがあります。
局所症状
脳腫瘍のできた部位によって特徴的な症状が出現します。例えば,小脳に腫瘍ができると,歩いているときのふらつきや姿勢の維持がうまくいかなくなります。また,脳幹部に生じた場合には,物が二重にだぶって見えたり,顔の半分の動きが悪くなったり、ご飯を食べるときにむせたりします。この他,大脳の前頭葉と呼ばれる部分が障害されると,反対側の手足の麻痺が出現したり、学校の成績が下がったりします。前頭葉の左側が障害されると話をすることが不自由になることもあります。もう一つ大事なのは視力の障害です。目の神経の近くの視床下部や視神経や下垂体に腫瘍ができることがとても多くて,知らず知らずのうちにゆっくりと視力や視野が傷害されています。でも成人ほどこれらの典型的な局所症状を示さないことも多いので注意を要します。
初発症状(初めておこる症状)として多いのがてんかん(痙攣)発作です。これは,すぐに気付かれる大きなけいれんもありますが,ちょっとぼーっとしているだけの発作や夜間の睡眠時だけに起こっていて親が気付かない発作までいろいろです。けいれん発作のため小児科で長いこと治療されていた子供が,脳の検査を受けてはじめて脳腫瘍を発見されてくることもあります。
内分泌症状
身長の伸びが遅くなったり、元気がなくなったり、口が渇いてたくさんの水を飲むようになるのは、視床下部と下垂体の障害でホルモンの分泌が悪くなっているためです。代表的なものに,夜間のトイレに行く回数が増えたり夜尿をしたり,水をよく飲むようになることで気付かれる尿崩症があります。これは下垂体後葉ホルモンである抗利尿ホルモンの分泌が,視床下部や下垂体にできた腫瘍により低下してしまうことが原因です。この尿崩症は,MRIという画像検査では腫瘍を見つけることができないような初期の段階ですでに,脳腫瘍の初発症状として現れることがあります。その他,高度の痩せ・低血圧・低血糖からなる間脳症候群や、小さい子供に生理が始まったり陰毛が生えたりする思春期早発症、原因不明の食欲の低下,身長が伸びない下垂体性小人症なども脳腫瘍で生じることがあります。
検査
画像診断
現在では,MRI検査により安全かつ正確にほとんどの腫瘍の診断が可能となっています。MRIは磁気を用いて骨による影響を受けずに画像を作れるため,小児に多い小脳や脳幹部の病気を診断する能力はCT検査よりも優れています。詳しい腫瘍の位置や正常脳組織との関係,MRI用造影剤の投与前後での変化などから,およその組織診断(悪性かどうかなど)までが可能です。ただし,あまりに小さい乳幼児では麻酔で眠らせて検査しなければなりません。CTでは腫瘍の中の石灰のたまり方などが解って診断の補助となることがあります。以前によく行われていた脳血管撮影は,特殊な場合を除いては必要ありません。
その他の検査
胚細胞腫瘍という腫瘍では、血液検査でAFPやHCG-βという腫瘍マーカーを測定することが必要となります。また悪性腫瘍では腫瘍細胞が脳脊髄液中にばらまかれて転移するため,腰椎穿刺(背中に針を刺して)で脳脊髄液を採取して悪性細胞の有無の検査を行う場合もあります。
治療
手術
脳神経外科の手術技術は安全性も高まりかなり進歩しました。小児の脳腫瘍に手慣れた術者を選べば手術による後遺症が生じる頻度はかなり低いでしょう。良性腫瘍の代表として知られる小脳の星細胞腫などは手術で取りきれればそれで治ってしまいますし、比較的簡単な手術です。悪性腫瘍を疑いいろいろな治療が必要と思われる場合には,まず手術による組織診断を行って,腫瘍の悪性度に応じてその後の方針を決めることが一般的です。病理組織診断を正確にすることは,小児の脳には成人より副作用の強い放射線治療や化学療法を最低限の量で用いることにもつながります。
放射線療法
放射線治療はとても大切な治療手段です。手術で取りきれない良性腫瘍やほとんどの悪性の脳腫瘍では放射線治療が必要となります。でも脳が未熟な小児(特に思春期前の子供たち)では放射線照射による脳への晩期障害が問題となります。たとえば、知的機能の低下や内分泌機能の低下などが治療後に何年もかかって生じることがあります。このため,特に小さい子供たち(乳幼児)には放射線照射を行わないで,あるいは量を少なくして治療する方法をとることもあります。しかし,いたずらに副作用を恐れるあまり放射線治療の持つ治療効果を生かせない結果になり治療成績が低下するという専門医の声もあります。今は同じ腫瘍であっても年齢に応じてより厳密な放射線治療の方針を立てることが求められています。
化学療法
化学療法剤(抗癌剤)は手術と放射線治療を補助する手段として用いられることを知っておくことが大切です。そして化学療法だけで治る小児の脳腫瘍はまれです。化学療法の副作用を減らすための治療法はとても進歩して、子供達の治療負担の軽減に大きな役割を果たしていますし、現在の治療技術は,1歳にならない乳児に対しても化学療法を行うことを可能としています。ただし,大量の化学療法の後には,妊孕力(子供を作る能力)を失うことや二次癌(白血病などの悪性腫瘍)の発生などの問題もあり、まだ全ての副作用が解決されているわけではありません。過剰な化学療法をしないでいかに完全に脳腫瘍を治癒にもっていけるかが大きな問題として残っています。